サルミアッキと一緒

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zoom RSS 清霜ごはん

<<   作成日時 : 2014/09/28 20:30   >>

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某ゲームで夏に出てたからというわけではないのだけれど、うちのじいちゃんは70年前、駆逐艦「清霜」の主計科にいたらしいのでこの間いろいろ話を聞いてみた。

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※なにしろ70年前のことで本人の記憶に怪しい部分も多々あるため、話半分くらいでお願いします。

※「海軍めしたき物語」とかが入手できればある程度裏付けも取れるのだけれど、地元の図書館に無かったため、じいちゃんの話はほぼ無修正で載せてます。

※文中にでてくる「資料」とは「アジア歴史資料センター」で公開されている戦闘日誌などのこと。

母によれば、昔(母が子供のころ)はもっと鬱&グロな話をしていたとのこと。
年をとってからはご飯おいしかったとか、比較的楽しかったことについて話すことが多くなっているよう。

じいちゃんスペック

 大正14年生まれ

 学校を出た後(14歳)、中国の石家荘で軍関連の施設(特務機関?)の雑用として働く。

 一度日本へ戻った後、昭和18年5月に海軍へ志願兵として入隊。訓練後、駆逐艦「清霜」に配属される。
 所属は主計科、最終的な階級は上等兵。

 「艦これ」のことはプリキュアとか、セーラームーンとか、そういう「女児向けコンテンツの一種」だと思っている。
(武装した格好いい女の子がいっぱいでてくるから、らしい)

 じいちゃん曰く、今の奴の考えることはわからん



主計兵の日常

清霜での主計兵は(資料によると)11人、じいちゃんによればうち一人は記録専門だった(名前はウチダさん?)。

じいちゃん戦闘時は砲弾を運ぶ係。

士官の食事を作るため、一人ちゃんとした料理人がいた。

艦には一応冷蔵庫があり、中には士官用のバターが入っていた(ここでバターというものを初めてみたらしい)。おそらくマカロニグラタン、シチューなどに使われた。
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朝食の準備は当番制(一直〜四直)。でも、下ごしらえは前日に済ませておくので、早起きして炊飯器?のスイッチを入れるだけ、だったらしい。

普段はひたすら食事の準備。
戦闘訓練中も主計兵はご飯作り。

補給はシンガポールなどにあった糧秣廠に行き、受け取るだけだった。
マグロをまるごと一匹入手したことも。
しかし、刺身は300人ぶんも用意するのが大変&食品衛生的な意味で危ないので偉い人以外は食べられなかった。偉い人以外は加熱マグロの野菜あんかけ的なもの。
ただし、主計兵は役得で刺身を食べていた模様
(じいちゃん本人は喋りたがらなかったけど、ばあちゃんがばらした)。
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米は1袋25kg入りだった。
バナナは青いうちに入手し、米蔵に保管して追熟させた(どうもそこからつまみ食いしていた様子)。
バナナは一般の兵士にも出された。

献立は一日3000キロカロリーになるように計算されていた。

メニュー例:けんちん汁、のっぺい汁(塩味)、うま煮、煮魚(焼くのが大変なので)、ポークカレー、ホワイトシチュー、マカロニグラタン、缶詰、パパイヤの味噌漬け

↑メニューを見るとイモ(ただしキャッサバか巨大サトイモ)のヘビーローテーションだったよう。

下ごしらえだけとかじゃなくて、ちゃんと最初から最後まで調理していたと主張するじいちゃん(「←の割には全然料理しないよね」と母とばあちゃんの突っ込みが入る)。

戦闘時の食事は「おかずもご飯も一緒に摂れる」との気配りから
「清霜主計科特製混ぜご飯おにぎり」

肉入りだったらしいが、具体的に何が入っていたのかはじいちゃんが忘れたため不明。
シンガポールに一般的に混ぜご飯に入っているゴボウとかニンジンとかこんにゃくとかなさそうなんですけど・・・。

300人ぶんのおにぎりを作るので、必要に応じて金属製のおにぎり型を使った。じいちゃんはおにぎり握るのだけは海軍仕込みで普通に上手い。


レイテとか礼号作戦の話はまた今度

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